あわぶろぐ

あわなみの旅行&散歩記。過去のも上げていく。

2025年2月 陸前高田旅行記①

前半・気仙沼編になります。

 

2月19日から20日にかけて陸前高田市まで出かけてきました。

陸前高田市立博物館で特別展示中の『オシラサマ』にお会いしたくなったのです。

 

オシラサマは南東北を中心に伝われている民間信仰で、主に桑の木で作られた馬や人型(女性)のご神体に『オセンタク』と呼ばれる布を着せて、家々で祀る習わしが現在でも伝われています。

詳しくは下記のページへ。

www.nikkei.com

 

きっかけはSNSに上がっていた学芸員の方の呟きが、私の好奇心をくすぐるものでした。

展示されているオシラサマにお供え物をするなんて、ユーモア―と柔軟性を兼ね備えた学芸員がいる博物館、オシラサマにも興味もさることながら、是非に行ってみたいと。

 

しかし陸前高田市、どういけばいいのだろうかと検索をかけてみた数秒後、あまりの遠さに唸ってしまいました。

東北新幹線から在来線に乗り換えて半日近くかかってしまう。

到底、日帰りで行かれる距離ではない。

おまけに、仕事の諸事情で有休を使いにくい時期。

なので、土日で安く行かれる方法はないものかと、SNSで何気なく呟いたらリツイートが。

 

「キュンパス」を使えばいいと、有識者が教えて下さりました。その節はありがとうございました。感謝。

 

「キュンパス」は、新幹線・特急列車などの自由席を含むフリーエリア内が1日間または連続する2日間乗り放題チケットで、JR東日本で発売されているものです。

平日限定なのがネックなのですが、偶然平日2日連休の日があったので、そこに充てて行くことに。

久々の弾丸旅行です。着の身着のまま、リュックひとつのフッ軽スタイルで飛び出しました。

 

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飛行機にしろ新幹線にしろ、長距離移動は旅感が高まってワクワクします。

 

東京発はやぶさに乗り、北上し一ノ関駅へ。そこから大船渡線に乗り換え、まずは気仙沼駅まで。

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新幹線乗車中はほとんど眠っていたのですが、人生初の大船渡線に乗り換える時は好奇心の塊になり、やたらシャッターを押してしまいがち。

と、言っても30分ぐらい渓谷の間を走っていたら、夢の世界に行ってしまいましたが。座席がめちゃくちゃ暖かった。

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なぜピカチュウ
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リアス式海岸線をくねくねと走る路線図が龍の姿が名前の由来らしい。

無事に気仙沼駅に到着。空は晴れ、一ノ関駅近くに見られた根深そうな雪は全く見られませんでした。

 

大船渡線リアス式海岸線沿いに大船渡駅まで海沿いのコースをたどるのですが、先の大震災の影響で、気仙沼から先は鉄道としては廃線になり、BRT(バス高速輸送システム)が運行されています。

それも、駅があったところにバス停、線路があったところはバス専用のバイパスになっていて、この土地ならではのものなのかもしれない。

バスとして形態を変えた影響で、震災前の路線と異なる箇所があるのですが、地元の方々の重要な足として運行中。

事情の背景を知ってはいるものの、景色同様、実際に目にすると震災の重さを感じてしまいます。

 

本来なら、気仙沼駅からBRTに乗り替え、そのまま陸前高田市に向かうつもりだったのですが、気仙沼にある「喫茶マンボ」の期間限定の名物、いちごババロアの存在を無視できなくて、それだけの為に初めての町に立ち寄りました。

https://www.instagram.com/p/DFrjmHdpQkM/?igsh=Nzg5a296czFldXo5

 

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最寄りの停留所と思われる場所から、スマホの地図を見つつ、閑散とした町をさまよい歩きました。

きれいに区画が分かれた道にはまばらに建物が建っている。そのおかげで、かなりの距離を見渡せる事ができました。

気仙沼湾に近く、震災の時に津波で流された場所だと思われました。高台にある家以外は新しめの建物が目立ちます。

緩やかな坂道を登ると、やや密集した建物が並んでいる。

ああ、この辺りは津波の被害が少なかったんだろうと予想しつつ、やや迷走しながら歩くこと20分位、細長い区画の中に目的の『喫茶マンボ』にたどり着きました。

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SNSの写真に記載されていた店内の写真と店名から、どこか昭和レトロをイメージしていたのですが、そのままでした。

レトロというより、看板が昭和時代からありますという堂々たる佇まい。

(実際は、1951年に気仙沼初の喫茶店としてオープン、その後震災で全壊はしたものの、2014年に再オープンしたそうです)

店内にはステンドグラスとシャンデリア、その光の下にはラーメンとチャーハンの定食を食べている昼休憩中の紳士と通路を挟んで、家族連れが甘味を堪能している。

私が幼稚園の頃に町中にあった飲食店のレイアウトそのままだ。

入口ベンチのそばにあるテイクアウト用の冷蔵庫には、喫茶マンボオリジナルキムチが旅立ちを待っている……。

「喫茶」の枠ではない。チェーン店ではない「ファミリーレストラン」を久しぶりに発見しました。

 

 

気温1桁の中、海風に吹かれてようやくの『喫茶マンボ』

昼休憩の時間帯に来店してしまい、少し行列が出来ていたのですが、期待を胸に並んでしまいました。

ほかの店を見つけるのも億劫だし、寒くて動けなかった。

 

ぐるりと店内に見渡すと、いちごババロアをオーダーした人が一定数いる……。

実物のいちごババロア、かなり大きい。夫婦が友達同士がシェアしながら食べている。

まずはババロアよりも食事を。

 

その頃になるとかなりの空腹で、チャーハンとハーフサイズのいちごババロアを2つオーダーしました。

ちなみに、ハーフサイズは私のオーダーでラストだったらしく、その後のオーダーはお断りをしているのが聞こえました。

まずはチャーハンセット。

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スープをひとくち。それだけで寒さで硬直した体がほぐれていく……。チャーハンを咀嚼する毎に確かな熱量を蓄え、回復していくのを実感。その時の私の顔は真顔だったに違いない。
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ババロア……というよりもババロア様と敬語をつけたくなる。

何この子? ハーフサイズなのに覇気を感じるぞ。いちごの妖精だよこれは。

崩すのが勿体無いと思いつつも、スプーンを震わせながら口に運ぶあわなみ。

フレッシュいちご、甘かった……。まさにいちごフィーバー。

赤が運気を高める勢いのように、チャーハン同様に頷きながら完食。

気仙沼産のいちごをふんだんに使ったスイーツは美味で、また縁があったら食べてみたいな。

というか喫茶マンボ、職場近所だったらメニューコンプするまで通っていた。たぶん。

実際は、食べに行くには気兼ねなく移動できる距離ではないけれど。それくらい記憶に残る味でした。

 

店員さんに陸前高田行きの最寄り駅(バス停)を尋ねたら、お店から10分ぐらいの距離にあるとの事。どうやら私が先に下車したバス停は遠回りだったよう。

町散策とはいえ寒い思いを無駄にしてしまった訳だ。まあ、これも旅の醍醐味。よきよき。

 

目的の内湾入口駅は市役所裏の坂を上ったところにある高台の中腹に。

単線の線路があったのだろう、スロープみたいなバイパスになっていました。とても不思議な感じ。

 

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役所の裏に回るようなスロープのような坂を上ると……バス停のような駅。


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写真は陸前高田方面です。

目的地の陸前高田市までは先があるので、『喫茶マンボ』以外はどこにも寄らずに出発です。
シャークミュージアムが気になっていたのですが、徒歩圏では厳しい。
雪と寒さ防止で重くて頑丈なレッドウィングを履いてきたのが敗因でした。

②に続く。

2025年11月 八重山旅行記③

後半・黒島編

離島ターミナル周辺を散策したかったので、黒島へは遅めに出発。
竹富島経由の黒島行きという、珍しい便に乗ることにしました。
なので、普段なら30分のところ50分。

時間にせかされる理由はないので、気楽に移動です。

 

実はあわなみ、過去3回来訪しているのに、黒島は日帰りもしくは1泊しか滞在した事がありません。

下手すると、自転車こぎながら牧場地を見ている印象しかなかったり…?
牛の島と言っても過言ではないし、それはそれでいいかもしれないけれど、何だかもったいないなーと思い、今回は2泊3日にしました。
4月の時に見つけた資料以外に、黒島の郷土誌を探してみたい気持ちもあったりして。
あと、黒島カフェと食堂散策も。新たな物産になった黒島の塩(ハートアイランドソルト)や、ヤラブの種子から精製したオイルも見たい。


今回のお宿は『こもれび』さん。前回来島した時はまだオープンされてなくお初です。
4月に夜散策していた時に前を通ったことはあった。
開けたウッドデッキが気持ちよさそうだなー、が第一印象。


↑一瞬、職場近くのラーメン屋を思い起こした立て看板。

一人旅には落ち着く小さなお宿。綺麗で気持ち良かったです。
朝夕のご飯も美味しかった。あわなみ的にはパパイヤチャンプルーが気に入りました。

 

さっそく自転車を借りて近所を散策。自転車を走らせれば島牛さん達と遭遇です。
周囲がのどかな牧草地、広々とした牧草地に干し草のロールが点在していている。それを割るような真ん中にはまっすぐな道路。
海を意識しないと北海道か八ヶ岳ではないかと勘違いをおこしそう。
その割には若干風が潮風ウェッティではありますが。
けさまでいた波照間島とは全く違う風景が広がっています。

波照間と違った意味で、すがすがしいな……。

 

1日目は夕食後は宿でまったりして早めに就寝し、翌朝から勢い付けて行動開始。
知っている方々へご挨拶も兼ねて、黒島カフェ&食堂、時々御嶽めぐりです。

黒島はほぼ起伏のない平坦な島なので、自転車での移動が主な手段です。
平坦といってもいけどもいけども牧草地、たまに見かけるのは人ではなく牛…。

さすが、牛が人の10倍以上いるといわれている島。人がいないので、つい声掛け&挨拶してしまう。
牛も鳴き声とも唸りともつかない声で返事してくれる。

 

仲本から東筋、東筋から保里へと延々と自転車を走らせます。牧草地から集落を抜けると木漏れ日の中を通るので、日差しがきつくない。風もさわやか。
強いミーニシは嘘のように止んでいました。

保里のレンタサイクルのマスターにビールをごちになった。その節はありがとうございます。

灼熱の下で飲んだビール、すごくおいしかったです。


いつも船の時間に合わせて港にいたので、お邪魔することができなかった『ハートアイランド』さん。


カフェの中の時間の流れがちがっていた。薄暗い中、猫チャン達がシエスタしていたからか、すっごくゆったりしている。
ほんのり塩気のある黒島のサイダーがベースになったクリームソーダーは、浮世離れした雰囲気を醸し出していました。

Aさんにおすすめいただいた絶景ポイント目指して、保里から伊古へと自転車で移動。
途中、『ぷくぷくやあ~』さんにピットイン。タコライスを食す。


こちらのお店は、オープンして半年で、インスタのアカウントを見て気になっていました。
古民家を改造した渋~いレイアウト。凄くイイ!
次は夜にお邪魔したいです。

 

黒島の東の海岸、アミリへ。

両サイド牧場の道をひたすらに東へ。
同じ道が続くので、不安になりつつこぎ続けると行き止まりに。
道を間違えたかと、Uターンしようとしたら、木々に覆われたトンネルの先へと藪道が続いていました。
その先には

秘密基地みたいな岩場が広がっていました。
岩合間にゴミがあったのが気になりますが、絶景です。アクセス悪いけれど、お茶とかビールもって行くといい。
ゴミは持って帰ろうな。ホント、お邪魔しているという心を忘れてはいけない。


汗かきながら東筋に帰り、今度はカフェ&食堂の『うんどうや』さん。
お昼時間が過ぎ、シークワーサーのかき氷が終わっていたので、ド定番いちごです。

お店の前には比江地御嶽(ページワン)が。
波照間の御嶽と比べて遮られていないせいか、どこか開放的。
旧暦8月には五穀豊穣を祈願する結願祭や年中行事が執り行われる神聖な場所との事なので、お店の中から眺めるだけに。
デフォルメされた八重山諸島のシールがあったので購入。気に入ったので、スマホケースにセットしました。

着々と八重山グッズが増えていく。

 

東筋から仲本を経て宮里へ。
黒島研究所では前回同様オオテンジクサメにエサやり。これが黒島来島の目的のひとつだったり。
屋外でサメに餌やりできるのって、本州ではありえない。
今日は猫所長はいなかった。ちと残念。

他にもゴンズイやカメもいるのですが、今回はサメだけに。
売店に手作りの刺繍アクセサリーがあったので、そちらに出費です。

月桃かアダンのかごバッグを入手したら、取っ手につける予定。


しかしサメ、顔の近くにエサを落としているのに気付くのが遅い。鋭敏な嗅覚どこに行った?
野性味を失ったサメ、意外と鈍感。


しかし、タンクに体をぶつける様ははげしいので、大型動物として意識せざるを得ない。


池にいる小さなサメ(レモンザメ)達にも餌やり。こちらは「しばばばばば~」と、激しめな波音を立てて砂をまきあげてがっついてくる。

 

無料売店『きくのや』さんでローカルアイスを食したり、

仲本&宮里海岸に磯を眺めに行ったり(西日でめちゃくちゃ眩しかった)、宿の近くをうろついたりたくさん移動していました。
ビジターセンターに行って、スタッフさんに黒島の民族誌についてお尋ねしたり。
シベリアンハスキーのTシャツを着ていたからか、わんこお散歩中だったなかた荘の方に声をかけてもらいました。
黒島にもハスキーがいるとの事。日本最南端ハスキーには出会えなかったのですが、面白い情報です。

 

日が暮れてから宮里海岸へ星を眺めに行きました。
自転車を停め、スマホの明かりを頼りに海岸まで。
ひとっこひとりいない。足元にはホタルが舞っている。そして、明かりに虫が寄ってくるので文明の利器は強制終了。
夜目が利くまでその場で待機。海までの藪道の先には島影と星空が広がっていました。

 

平らな岩の上に座りこんでぼんやりと見上げ続けてしまいました。
ぽつぽつと連なるように光が見える島影は西表島で、その手前には人がほぼいないと思われる真っ暗な新城島
1か所だけ明るいのは灯台なのかと予想しながら空を仰ぎました。
秋の星座と夏の星座がみえていたのですが、時期的に南十字星は無理でした。
調べたところ、12月の中旬頃から半年位まで見えるらしい。

それでもプラネタリウムのような天空は飽きることはありません。
15分位で虫に刺されて現実に戻されましたが。

 

最終日、日の出1時間前に起床し、最後のサイクリングをしようと宮里のビジターセンターから黒島灯台への直線ルートをひたすらに走りました。
濃紺から赤紫へと刻々と移り変わる暁闇の空。雨雲とともに湿気った風が牧場を走ります。

明和の大地震の時に津波で陸揚げされた大岩の上に木が生えていました。

このがじゅまるハートは、診療所の看護師さんがカットしているのだとか。

時々自転車を停めて、東の空にシャッターを切り、変容していく暁闇の空はプライスレスな感動を覚えました。
風の音しか聞こえない牧場から、かすかな鳥の鳴き声と共にトラクターのエンジンを刻む音が。

これが黒島の朝の音―。
こちらの腹の音も鳴り始めたので、急いで宿に戻りました。

 

伊古桟橋とか港近くのアサビシバナとか絶景ポイントに行くことはなかったのですが、
街中での生活に忘れていた感覚を思い起こすような冴え感を感じる事が出来たと思います。

最終日は天候が崩れ、帰りの高速船は揺れがひどかったけれど、旅行中は天候に恵まれて幸運でした。

 

黒島、また来ます。
後回しにしてしまった御嶽巡りもそうですが、ヤラブの群生地も見てみたい。
今回お休みだった『イコノマ』さんもいずれ。

 

追記
港の中にある、お土産の無料販売所は毎度みるのが楽しみです。
前回来た時にはアダンでつくられたウミガメのチャームがあったのですが、ああいうのが多くあるといいなー。
あわなみは民芸が好きなので、島にある樹木で作られたものには興味が尽きません。

 

日焼け対策はバッチリのつもりだったのですが、足はしっかりとサンダル焼けをしてしまった。
恐るべし南国の日差し。

 

awnm.hateblo.jp

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2025年11月 八重山旅行記②

石垣島お買い物編。

 

波照間島から石垣島へもどり、今度は黒島へ。

その前に……。
黒島上陸は遅めにして、数時間ばかり少し町を散策することにした。

コインロッカーがいっぱいだったので、安永観光さんの事務所にカートを預け(500円)、まずは本屋へ。

 

日本最南端にある本屋『タウンパル山田』は、沖縄の郷土資料や三線の楽譜を取り扱いがある大型書籍店。
ネットや大型店であまり見つからない八重山の離島に関する資料探しを楽しみにしていました。
特に、波照間島、黒島、竹富島。私がリピートしている島事情(観光以外)も知りたいし。
と思ったら、なんとお休みだった。なんてこった。


ユーグレナモールの中でも、日曜日お休みのお店がいくつもあるし、都会の感覚でお買い物しようとすると徒労に終わる事も。観光地だと思って侮っていた。
まあ、これもうちなーたいむという事ね。

 

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写真の本は、最終日に出直した時に購入したもの。
竹富町史の竹富島は絶版だと。ネット中古書店やオークションでも出回っていないので、切実に再販求む!!

 

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これは一緒に購入した八重山手帳2026年版。

島ならではの行事カレンダーとかお店の電話番号が記載されている。

大きいので持ち運びしにくいが、八重山好きにはたまらない一品。

 

気を取り直して、月桃やアダンで作られたかごとかコースター探したり、お土産店になさそうなものを見つけに、歩ける範囲のスーパーにも行ってみた。ちんすこうとかお土産になりそうなものは値段はあまり変わらないけれど、お酒はスーパーの方が若干安い。


後は腹ごしらえということで、730交差点近くの『エンダー』と『ゲンキ乳業』へ。
『エンダー』はオニオンフライがおすすめ。冷めてもおいしい。
空腹だったので写真撮るの忘れていた。名物のルートビアはくせがあるので好みが分かれる。私は苦手。
なので、ここは黙ってウーロン茶一択。

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窓際に座っていたら、驟雨と言ってもいい位の天気雨に。雨の激しさと日差しの強さで頭が混乱する空模様。10分もしないうちに止みました。

 

脂質をたっぷり平らげた後は、道路はさんだお向かいにある『ゲンキ乳業』へ。
プリンとシェイクが人気なんだが、あえてヨーグルト。

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もったりとろっとしていて、油もの食べた後はさっぱりする。

 

www.youtube.com


エンドレスに流れているゲンキクールのロックンロールBGMはやたら耳に残る。これは洗脳。しばらく脳内リピートされていた程だ。

 

親に頼まれていたギョサンを買って、次なる目的地の黒島へ。

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船の中から撮影した海はやたら青かった。
続く。

 

2025年11月 八重山旅行記①

11月20日(木)から25日(火)まで、沖縄の八重山諸島に行ってきました。

前半・波照間島編になります。

 

半月前から台風の余波で時化が続き、天気と船の運行状況をチェック。

ぱいじま2号(波照間行きの大型高速船。少々時化ていても動ける)が、ドック入りしている情報を得ていたので、早く戻ってきてくれと関東の地から軽くお祈り。

熱帯低気圧が離れ、運行したと思ったらまた欠航。
「頼む!! 風おさまってくれ!! ぱいツー早く戻ってきてくれ!!」

ミーニシが強くなる時期と分かっていても行きたい。

昨年の同時期に船が欠航したのがトラウマになっています。

 

因みに波照間渡りは4勝1敗。 うち1勝は時化の中出発し、途中エンジンに波が入ってトラブル発生。

新城島に避難し応援を要請、西表島まで牽引してもらい、そこから波照間島へ再出発。

「パナリ上陸は私達でも滅多にないのよー」と、宿のおばちゃんに珍しがられた思い出があります。

 

前置きは長くなりましたが、当日起床時に運行状況をチェック。『未定△』と表示あり。

何とかなれと念じながら羽田空港へ出発です。

 

駄目だったら黒島へ前乗り、もしくは竹富島へと、空弁食べながら待機していたら『運行〇』に変更が。

声に出さなくてもココロの中でガッツポーズでした。

ようやく 5回目の波照間島訪問。

天候不安定だったので、ターミナル到着するまで少し気がかりではありましたが(心配性ゆえに)

今回は保安監査場前だった。移動距離短くてラッキー。

 

石垣島到着後、離島ターミナルに向かってバスで出発。
ターミナル手前で下車し、最初の目的は月桃のかごを作っているおじいのお店へ。
月桃もしくはあだんのカゴバッグが欲しかったのです。
しかし、今回は思ったものがなくて断念。
代わりにアダンのぞうりを購入し、モールに直行です。


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まずは食事と、公設市場で八重山そばとじゅーじー。炭水化物万歳とお腹に収めて満悦。
730
交差点近くのノースフェイスで帽子を購入し、離島ターミナル入りです。

万博で竹富町がフランスのパビリオンへ展示協力した関係?で、竹富町オリジナルグッズがあり、つい手が。

表は例のノースフェイスマークだけれど、後ろが水牛とイリオモテヤマネコ……イイ。

島はコンビニはなく、売店だって欠航続きで物がないかもしれないと、
飲み物とオニササとアンダギーを買って乗船。

波照間島までぱいツー(偶然にも当日戻った)で約90分。黒島を通り過ぎた辺りから外洋なので波が高くなります。
縦揺れがすんごい。ぴょんぴょんする。

でも、基本乗車中はお昼寝。船酔いする間もなく波照間に到着です。

離れゆくぱいツー。毎度ありがとう。

今回はゆったい&ラグーンの『ゆったい』さんにご厄介になりました。
畳と板の間のお部屋で室内にトイレとシャワー付き。
天井も高く、作業用のテーブルも備えてあってとても快適な空間です。
ウェルカムパンが美味しかったので、波照間の食の思い出と刻まれました。

 

荷物を置き、集落をぶらぶらしつつ売店へ。オフシーズンとあって、静かな集落。
お弁当と今夜のお酒をお求めです。オリオンサワーと泡波。

泡波は島で飲むのが一番美味しく感じます。


売店の人がビール飲みながら接客。
うーん、島ならではのおおらかさ。
どこからきたのー? いつまでいるのー?
3
泊じゃ短いわねー。と、島人と軽く会話をしつつ、また違う売店へ。

曇天だけれど、さすが沖縄。かなり暖かい。

 

ムシャーマ公園の近くの公民館で演舞の練習風景を見ることができました。ラッキー。
(23日に那覇でのムシャーマ演舞の公演会があり、数十人もの島民の方々がそちらに行くことになっていました)
その影響でまさかの食堂お休みで昼食&夕食難民になるとは……。
軽食は持ち込んでいたのですが、『あだん』さん行って、アーサーのあんかけチャーハン食べたかった。

 

波照間島では御嶽めぐり(立ち入り禁止ゆえ入口確認のみ)、下田原城跡地と周辺の貝塚を見ながら、島内を自転車で走っていました。

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城跡から見える北側の海。

調べるのを忘れがちだけど、城跡があるぶりぶち公園の『ぶりぶち』とはどういう意味なのだろう……?


「野の御嶽」と呼ばれる集落の外側にある御嶽の確認。波照間島では御嶽の事を『ワー』というそう。

地図を見つつ、さとうきび畑を見回し、もっさりとした森があるのでその辺りだろうなと目星をつけて散策していました。
(古墳とか遺跡らしきものもあったりする)
歴史とか郷土資料を読んで照らし合わせたくなるのです。それが楽しい。

 

波照間島はお墓は北に向かって建てられているので、島の北側に並んでいるのを見かけました。その並びに大昔の石積みの墓(ミャーカ)も。中が見えないように石の壁で塞がれていた(遺骨が見えてしまうから。半世紀以上前はなかったそうです)

 


途中、ペムチ浜に行って漂流ごみを拾ったり。
中国語で印字されたごみの多いことよ。
次回も来島出来るよう願掛けもしてきました。

あわなみはペムチ浜がお気に入りです。
人がめったに来ない穴場だし、遮るものがない水平線と空を眺め続けるのは飽きません。薮のトンネルの先という事で秘密基地感もある。
圏外なのもイイ!

 

 

下田原城跡地へ行きつつ、ブドウマリ(北側の海岸)にも行ったので、これでほぼ波照間の海岸を訪れた事になります。

ミーニシが強く(向かい風)、写真撮るのが大変だった。

ニシ浜は以前と比べて、砂の堆積がかなり進んでいる気がしました。
東屋の下方に大きな岩があったのに、ほとんど埋もれている位でしたから。

モンパの木の角さんに、波照間の郷土についてお話を伺えた。
「そろそろ波照間に絞れば?」と言われて吹き出してしまった。どこの島も魅力あるからつい~。

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モンパの木のオリジナルTシャツ。

なんだかうきうきするフォントで好きです。

 

今回は島民の方とたくさんお話ししました。
思わぬところで、けだもと荘のミヨさんにお会い出来たし、なんだか泣きそうになった。

(上記のパナリ石表経由の船に乗った時、けだもとさんの所にお世話になっていました)
次お会い出来たらいいな。ハトサブレー持って会いに行きたい。

 


ミーニシが強くてやや肌寒かったのですが、3日目の昼過ぎから風が止み、夜はやや雲があったものの、綺麗な星空を眺める事ができました。
天の川も、秋の星座も。砂糖をまぶしたような星空。藍色が深い。
サトウキビ畑の脇道に寝っ転がって空を眺め続けるなんて、地元では考えられない程緩んだ。

明け方15分前にさとうきび畑の道を歩きながら東の空を撮影。
道の向こうは海。鳥の囁くような鳴き声の間から海鳴りが聞こえてくる。
淡い紫色が柔らかいピンクの空へと変わりゆく空

これだから八重山来訪がやめられない。

 

4日目の朝、波照間島を離れました。 海水浴日和のいい天気だった。

黒糖を買うつもりだったのですが、どの売店にもなく、収穫が12月から始まって、2月に出るよーとの事。無念。

次回こそは。

 

②に続く。